捨て猫ブルース1


ずっと俺は要らない物だと思って生きてきた。
自分が何処で何をしようと死のうと誰も関係無い。
誰も気付いてはくれない。そう思っていた。
あの時までは。
あいつに出逢うまでは。



なぁ、俺んこと好き?

あぁ。好きだよ。一番好き。




ベッドの中で訊く台詞は決まってそればかりだった。
だって恐かったから。こいつだけには捨てられたくなかったから。
こいつには要らないと……言われたくなかった。
俺のこと……本当の俺を見て好きだとそう言ってくれるのは
こいつだけだったから。
誰に嫌われてもいい。でも、こいつにだけは嫌われたくなんてなかったから。
言葉では全て想いは届かなくて。時折本心かどうかさえ解らなくなる。
だからセックスするんだ恋人たちは。
体だけで繋ぎとめて置けるなんて思っていない。
でも。
言葉だけでは希薄すぎて。
けれど想いを伝える手段はそれしかなくて。
だから求める。求めれば求めるほど辛いと解っているのに。
空しいことだと気付くのに。


自分の人生自分で決めて何が悪いん?
人に決められた人生に意味なんて無いってどっかの誰かがゆうとった。
ええことゆうやん。
俺が例え望まれて無くても。俺が誰からも必要とされなくても。
それでもココに生まれたからには人生楽しむ権利はあるねんで。



佐藤…知ってる?

へ?なんを?

人ってさ死ぬために生まれてくるんだぜ。

……何、言い出すんや急に。

俺達の未来はさ、最初っから死ぬための道を歩くように出来てるんだ。
だから、俺達はいかに死への階段を
ゆっくり登るか考えてこの先、生きてかなきゃいけないんだ。
解る?
それがさ、俺達が『生きてる』ってことなんだぜ。

………マムシの話は抽象的過ぎてよう解らんわ。

……お前、もうちょっとだけ勉強した方がいいんじゃね?

ム。ええんやもん。俺は。そんなんいらんねん。

…はぁ。三歳やそこらの子供かよ。お前は。
勉強って、自分の為にやるもんだぜ?
歩む道を間違えないように。
ま、俺達はすっかり間違えてるかも知れないけどな。

間違いちゃうやん。本気でお互い好きおうてんのや。
それの何処があかんの?

キリスト教の禁忌にまんま当てはまるからだよ。

はぁ?お前キリスト教やったん?

違うけど。ま、大抵宗教上は同性愛は禁忌なんだよ。
けど、ま、聖職者の大多数にそういう者達が居たから
『プラトニック・ラブ』なんて言葉が出来たんだけどな。

へぇ、そうなん?知らんかったわ。

普通は大抵知らない奴か多いけどな。
同性愛っての中世の欧州では結構あってて、
特に貴族が見場のいい少年を囲ってたんだ。
聖職者にもそういう輩はいたけど、宗教上の手前、
彼らは肉欲には及ばない精神的な恋をした。
それが各地に広がって聖職者達は綺麗な少年に恋した。
勿論、影から見守るように。
指一本、髪の毛一本に至るまで触れずに。
ただただ想いを馳せるだけ。
今ではすっかり男女間で恋愛の過程において
セックスの関係が無い場合に使われるが…。
ま、言葉自体は安土・桃山あたりからあったらしいが。
弘仁・貞親時代くらいか?

……つか、普通んなことまで知っとる奴のが少ないんちゃう?

だろうな。少なくとも本は読むべきだな。

ちゅうか、弘仁・貞親時代なんか聞いたことないんやけど?

それはそうだ、授業では省かれるし、考古学(?)に置いて
出土期を割り出すためくらいにしか用いられない、
2・3年程度あるかないかの時代名称だからな。

…お前がんな勉強熱心やとは知らんかったわ。

熱心という訳ではないぜ。
ただ死ぬ前に出来るだけの知識は詰め込んで置いた方が
俺はいいと思ったからだ。
たまに役にも立つしな。特に暗号解読とかん時は。

あんなー、いつ暗号解読するんや?

もうじき。多分。
これは俺の勘だけど…。
きっと選ばれるから。

は?何にや?

バトロワ…。

…何ゆうて…あれ、三年対象やろ?

今回のは特別プログラム。
スポーツ関係の奴対象。で、俺らはきっと東京地区代表に
選ばれる…。今から覚悟だけはした方がいい。
次あう時はきっと殺し合いしなきゃいけないから……。

なんや、それ。何でお前知ってんねん?
それに俺らが?決まったようにゆうんやな。
おかしいのとちゃう?

…多分、嘘じゃない。
今は言えない。けど、直に解るから。
ごめんな。俺はどうすることもできない。

そういうと間宮は自分の服を素早く身につけ、
シゲの部屋を飛び出した。

マムシ?

ぽつりと呟くシゲの台詞は、だが間宮には届くことなく
その部屋に霧散する。


つづく
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捨て猫ブルース2


気が付いたのは、真夜中。
体があちこち痛い。
首を回すと、そこで漸くシゲは辺りを見回した。
何のことはない。ただの古ぼけた教室。
そう教室としか言いようのない景色だ。
『何や此処?』
シゲのその呟きでまだ眠っていた数人が目を覚ました。
それから最悪への目覚めは伝染するかのように
教室中へと広がっていった。
皆は首に何かついてることで騒ぎ始める。
(ホンマこいつらガキやなー)
と暢気に思っていたシゲの脳裏に間宮の昨夜の
台詞が蘇った。
『まさか、ホンマにバトロワなんか?』
びくっ。
シゲの台詞に周りの奴らはシゲを凝視して固まっていたかと思うと、
急に叫びだし、再びざわめきが増した。
うっすらと皆の中にもあった考えをシゲが現実のものに悟らせてしまったから。

ガラっ。引き戸を盛大に開け、教室の照明を全て点ける。
ばん。教卓に名簿らしき物を置き、此方を見たのは他ならぬ
東京選抜の監督西園寺玲である。
西園寺から遅れること三十秒。軍服に身を包んだ兵士たちが教室の中へと
入ってくる。

ざわめきがもう止められないくらいの音量になった時、
西園寺が一発の銃声を発した。
性格には拳銃を天井へ向けて発砲した。

「はい。静かに。これから私の言うことを良く聞いてね。
これはもうみんなも気付いてると思うけれど、バトロワよ。
貴方たちには、これから説明の後、殺し合いをして貰います。
いい?生きて帰れるのは一人だけですからね。お友達だから
って手加減してちゃだめよ。それでは今からルールを説明します」

「あんた、正気かよ?」
幾分怒気を孕んだ声で鳴海が訊いた。

「正気も何も、これは政府が決定したものなの。貴方たちも勿論私も
これに従わなきゃ命はないの。だから、ごめんなさいね」
西園寺はいつものように意地悪くけれど妖艶に微笑んで見せた。

その台詞に、少なからず血の繋がっている翼は口唇をかんだ。
(じゃあ、玲は自分さえ助かれば俺たちはどうでもいいのかよ?)
小さい頃から姉もしくはそれ以上の感情で慕っていた女性。
今は飛葉中と東京選抜の監督をしている。
いつも一つ屋根の下で暮らしてそれでも割りと謎の多いこのはとこは
しかしながら肝心なことは自分に話してくれたことはただの一度もない。
欧州へのサッカー留学のことだって、行く直前教えられた。
彼女は一度だって、翼のことを男として頼ってくれたことはない。
大切な話はいつも後で家族の中でも常に最後に聞かされていた。
だから、そういう時は盗み聞きや資料などちょこちょこ部屋から
拝借して…でも。
それはやっぱり辛いことだった。
彼女に認めてもらいたいとずっと思っていた。
でも。
きっと彼女の中には弟としてしか自分を見ていないこと解っているから。
だから今のこの時でさえやりきれない悔しさがある。
(玲はちっとも俺のこと頼ってはくれない)
『悔しい…』
翼は呪詛のようにその言葉を呟いた。ただ一度だけ。


「御託はいいからさ、早く進めねぇ?」
間宮が西園寺へとそう言葉を投げた。
その言葉に皆は間宮を注視した。

「あら、間宮くんはやる気満々みたいね。
じゃあ、説明するわね。
ルールは簡単。
時間内に全員殺して勝ち残った人が優勝よ。
反則はないから、不意打ちや後ろからもありね。
武器は各自にランダムに配るから、外れだった場合は相手の武器を
奪うか島中に武器が隠されてますからそれを使っても良いわよ。
皆が一箇所に固まられると戦い辛いでしょ?なので、皆さんには
首輪をつけて貰っています。それは耐ショック耐水性で絶対に外れないけれど
引っ張るなどの負荷を与えてしまうと爆発するんで気をつけてね。
その首輪は、私たちに貴方たちの生き死にを教えてくれます。
禁止エリアって言うものを設けています。
さっき言った一ヶ所に固まられないためにね。
禁止エリアに入ってしまうとやっぱり爆発しちゃいます。
なので禁止エリアの放送には注意してね。
放送は一日三回あります。時間差で禁止エリアになりますから
地図にチェックしてね。期間は三日間。二十四時間以内に誰も
死なない場合は、一日で終了となり全員の首輪が爆発します」
西園寺が質問は?と聞いたが誰も何も答えなかった。

「出発は全員クジ引きで決めます」
そういうと小さめの箱にクジを入れたものを持って西園寺がみんなの
席を回った。

皆恐る恐ると言った感じで引いていたが、中には冷静なものもいた。
翼・間宮・シゲ・渋沢・郭の五人だ。

「では一番の人から順に前にきてね」

一番は若菜だった。
とまどうようなけれど怯えた感じのないしっかりとした足取り。
デイバッグを渡される。
若菜は一馬と英士を一瞬だけ振り返り、廊下を駆け抜けていった。

二番は椎名。
「翼…」
そう呟いた西園寺にきっと目を吊り上げて。
「俺はいつまでも子供じゃない」
そういうとディパックをひったくって出て行った。


つづく
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捨て猫ブルース3





順々に呼ばれ減っていく生徒達。
十五人目くらいに呼ばれたのはシゲだった。
シゲは真っ直ぐに前に行こうとはせず、間宮の席の方まで行く。
何だよとでも言わんばかりの間宮に、シゲは人目も憚ることなくキスをした。
明らかに動揺したのは教室に残っていた二十人くらいの生徒。
絶対に乗りそうだった間宮にシゲがそんなことをしたからというのもあるが、
それよりも男同士でそんなことをという雰囲気の方が強かった。

すっと口唇を離し、シゲは平然として前に行った。
シゲが出て行った後、残された間宮に視線が集まるのはしごく当然のことで。
間宮はごしごしと口唇を拭っているようだった。
だから、周りの者は気付かなかった。
シゲのそのキスの意味を。

漸く最後に間宮の出発となった。
「一番最後の出発の気分はどう?」
とからかうように言った西園寺の言葉に、その目の光だけで黙らせ、
ディパックを奪い取り出て行った。



外へ出ると急に腕をつかまれた。
見ると藤代だった。
「そんな凄い目で睨むなよ。ビビったじゃん」
といつものように笑ってみせる藤代。
それは痛々しいほど空元気で。
藤代のそれには答えず、
間宮は自分の口に手を当てると、口から何を取り出した。
小さく巻かれた紙切れだった。
間宮はそれを広げる。
『A-5』と書き殴られていた。
あのキスの本当の意味はその紙切れに凝縮されていた。
「A-5?何、それ」
訊く藤代にぽつりと呟く。
「あいつが待ってる」
「へ?」
訊き返した藤代にはもう目もくれず、間宮はすたすたと歩き出す。
藤代は弾かれたように慌てて追いかける。
「待ってよ、間宮。置いてく気かよ」
「だったらなんだ?来たいなら勝手にくればいいだろう」

いつもSEXしている関係。でも、今は敵になりかねない相手。
解っている。そんなことは。でも、逢わずにはいられない。
逢いたくて仕方ない。こんなに恐いとは思っていなかった。
もっとずっと楽だと思っていた。でも。
シゲが居ないだけでこんなに不安な自分が居て。
『死』なんて生きていれば、皆当たり前のように享受しなきゃいけないもの。
解っていた。でも、実際に訪れると恐い。
不安な気持ちが募っていく。乗る奴なんて居ないと思いたい。
けれど、皆自分の命は何を置いても大切だから。

「間宮、ねぇ。待ってよ」
藤代の叫ぶ声も今は耳に届かない。
いや、届いていても脳が意味を解さない。
ただ、愛しい人の待つ処へ。



つづく
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捨て猫ブルース4



愛しい人、好きな人ってさどんな人?
俺にはそんなのよく解からないや。
そりゃ、キャプテンや三上先輩やタクのことは好きだよ?
お前のことも嫌いじゃないし。
けどそれってお前と佐藤が言ってる『好き』とは違うんだろう?
『恋愛』には興味はある。俺だって年頃の男の子だもん。
けど、さ。
なんか違うんだよな。俺が求めてる物とは。
やっぱりさ、今は気の合う仲間たちとぞくぞくわくわくするようなサッカーがしたい。
………そう、サッカーが。

本当は信じたくなかった。俺がバトロワに選ばれただなんて。
いや、俺の親しい人たちもみんな選ばれたってことに。
大体さ、本当は中学三年生が対象だろ?
どう見たって殆ど二年じゃん。

それにいきなり殺し合えだなんて。
今まで一緒にプレイしてきた仲間と殺し合えって。

猟奇と疑心暗鬼と最悪『死』しか招かない。

そりゃ、みんなのこと信じたいよ?
けど、そんなの無理じゃん。
やっぱ恐いし…みんなのこと完全に信じられる訳じゃない。
いくら俺でも。
他のみんなだって同じ事考えてる筈。

だから。
そう、だから、みんな疑心暗鬼に捕らわれて殺し合いをしてしまうんだ。
どうせ誰も二十四時間以内に死ななかったら、全員の首輪が爆発する。
それでも。
それでも、人を殺すよりはましだから。

信じたい。俺はみんなを。
殺したくは無いんだ。

少なからず、間宮と佐藤なら絶対乗らないってそんな気がする。
俺の勘がそう言ってるから。

けど、何で?
間宮たちはこんな時までお互いの気持ち貫けるんだ?
生きるか死ぬかの瀬戸際で、どうしてお互いを其処まで
信頼し合える?
それが恋ってやつなの?
だから、佐藤のことしか見えないの?
ちょっとは俺のこと気に掛けてくれてもよさそうなのに。
って…あれ?
なんで、間宮の方が俺より走るの早いんだろ?
俺…おかし…
『藤代!』
どこかで間宮の声みたいなのが聞こえる。
凄く焦ったような狼狽した声。珍しいなお前がそんな表情変えるなんてさ。
ハハ…
ぼんやりと俺の脳に降って来る。
反響して薄ぼんやりと俺の視界が霞んでいく。

「藤代ーーーーぉ!」

間宮の声だけが其処に空しく響き渡る。

「っち、何だ。お前が残っちゃったの?まぁ、いいや。お前も殺してあげる♪」
しごく冷静な声で、冷静な顔つきで、おぞましいことを平然と
言ってのけるのは設楽兵助だ。

「鳴海はどうした?」
設楽を牽制したまま、低く唸るように間宮は訊いた。
「ああ、鳴海?あいつさ、俺とは一緒に居たくないとか抜かしやがるんで殺しちゃったv」
「ほら♪」
設楽は間宮に鳴海と思しき生首を見せられた。
「お前……」
間宮の頬を伝って一筋の汗が流れ落ちる。
「大丈夫、痛くないよ。即死だからさ♪」
設楽はまるで囀るようにそう言った。
【残り40人】

つづく
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捨て猫ブルース5





「死んでよ♪俺の為にさv」
設楽はまるで歌でも歌うかのような口調でそう言った。
「…可哀想だな」
間宮はぽつりとその一言だけを呟いた。
「何?」
設楽は怪訝そうに呟く。
「好きな相手を殺してまで生にしがみつくなんてな」
「何だと?俺が生きたいとそう思って何が悪い?
それとも、お前は生きたくないの?好きな奴だろうと自分ありきだ。
自分が死んでも好きな相手が生きてるんじゃそうそう成仏なんて出来やしない」
「独占欲」(が強いのだなは省略されている)
またぽつりと呟く。
間宮が饒舌になるのは至って限られた場面、又は限られた人物の前だけ。
今はそれでは無いのだ。

言葉は多く使いすぎると方向を間違え暴走する。
ただ、言葉が少なすぎても誤解は招くものである。
かといって、恋人でもないならば、コミュニケーションは言葉に限定される。
言葉が使えなければ、今の世の中では生きてはいけない。
それが解かっていれば居るほど、言葉を使うのに戸惑いを覚える。
決して言葉には変換できない想いが有るからだ。
言葉では語り尽くせない想い。
多分、好きや嫌いはそれに含まれる。
絶対に断言できず曖昧模糊としている想いだが、
けれどもそれは確定するには相応しい言葉。
人を好きになるとは言っても、相手が若しくはその人物がどれだけ
その好きな相手を想っているなんて傍から見ている人間には
想像もつかない。いや、つけない。
だから、間宮はある種の特定な場合に置いてのみ饒舌となる。
周りの人間には理解できないであろう間宮の思考。
だが、特定の人物ならばある程度は…理解している。

「独占欲?ああ、そうだよ。だって、嫌じゃん?
鳴海が他の奴に殺されるのも、俺が誰かに殺されて鳴海は
他の誰かと付き合ってるなんて。だったら、俺が殺した方がましだから。
好きな奴を他の誰かに取られるのだけは嫌だから。それなら、
俺の気持ちに答えてくれなくったって、此処にこいつが居る方が安心だから」
そう言って設楽は鳴海の生首を持ち上げた。
「…お前は、解かっていないんだな」
間宮はそう言うと、設楽に向けて銃を発砲した。
森の中に響いたのは、一発の銃声だけ。


「ごめんな。怨んでくれて構わないから」
間宮はそれだけ呟いた。

藤代の元へ行くと、彼を背中に負ぶった。
自分よりも上背がある為、間宮はかなり体力を消耗するだろうが
彼をつれて行く。ここに残していくのはあまりにも偲び無いから。





小一時間ほど歩いて漸くA-5地点に辿り着く。
間宮は岩場のごつごつした道にすら成っていない処を進んでいた。
もちろん、藤代を担いで。
チリンチリン…急に足元に紐が引っかかったと思うと、
呼び鈴のように鈴が鳴った。

「マムシか?」
出てきたのは満身創痍のシゲだった。傷の痛みは想像に難くない。
肩口から片腕が丸々一本無くなっており、巻きつけた包帯は既に
黒ずんでいる。夥しい血痕。
幸い顔は二目とも見える校舎を出る前の男前なままで。
「…佐藤…」
間宮は目を見開いた。
「大丈夫なのか?」
「ああ。…随分とヤッてまったんやけど…俺んこと軽蔑する?」
後ろの死体の山を親指で指し示しながら、シゲは茶化したようにそういう。
外見からしてそんなこと出来る余裕があるわけは無いのに。
間宮は静かに首を横に振った。
「しない。…俺も殺したから」
それだけ言うのがやっとだった。
本当は自分がしたことを認めたくは無かったけれど。
他人の不幸の上でけれども自分はこんなにも幸せだと感じている。
間宮は背負っていた藤代を静かに其処に横たえた。
「藤代…?お前が?」
シゲが僅かに眉を顰めた。
「違う。俺が殺したのは、こいつをやった奴」
うつむいて搾り出すようにそれだけ呟く。

誰にも死んで欲しくは無かったし、
誰も殺したくは無かった。
けれど。
やらなきゃやられる。
それではシゲに逢えなくなるから。







俺は人を殺した。
それでも、俺のこと好きだとお前は言ってくれる?
当たり前やろ?俺もやったし、お互い様っちゅうことで。
不謹慎かもしれへんけど。お前が生きとってくれれば他の奴が
どうなってええねん。





そう言って微笑みさえくれる。
どうかこの人と一緒に最期の時まで……。

【残り39人】

つづく
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捨て猫ブルース6




間宮を待ってずっとA-5地点に居たシゲは色々と小細工をやっていた。
そこに着く前に民家などによっていろいろ道具を集めてきていた。
大体の準備が整った頃だった。ちりんちりんと鈴の音が鳴る。
シゲは間宮が来たものと思い、武器は一応持ってはいたが、
然程の警戒もせず入り口へと向かった。

しかし、入り口に居たのはどう見てもニクロイド系ハーフの
阿部小太郎であった。勿論、シゲがその名を知るはずも無かったが。
手には血一つ着いていない月明かりに反射してきらきら輝く名刀村柾を持っていた。
そして、シゲを見た途端、大仰に振りかぶって来た。
すっと身を引いて一難が去る。
しかし、話し掛けようとしたシゲに問答無用とばかりに村柾を振るってくる。

「こんにゃろ!やめ…」
シゲが言う言葉も多分耳には届いていないのだろう。


シゲは左手で腰のベルトに挟んでいた拳銃を構え、安全弁を外し引き金を引いた。
パン。
弾は軌道を外れることなく、シゲが狙った額に風穴を作った。
引き金を引いた指と手がじんじんと痛む。
片手で撃つのはかなり無茶だったと今更ながらに思った。

『ふぃー』
なんとかなりおった。
けど、人殺してもうた。
あいつ怒るやろうか?

シゲはずるずると岩壁を背にして、地面に座り込んだ。
精神的に殺し合いとはこんなにもしんどいのかと思った。

シゲが立ち上がり、小太郎の武器を持ち上げた時だった。
『てめぇか、小太郎をやりやがったのは』
「なんや、お前」
シゲは目を丸くしてその闖入者を見やった。
『うるせぇべ、こっちの質問に答えろ』
あくまでも強い口調で、かなり訛りのある言葉を遣いながら言い放った。
「ああ、せや。せやけど、先に仕掛けてきたんはそっちやで?」
『だから、殺したのか?』
「そうせんと俺がやられてまうやん?」
シゲのその言葉に、雄大は切れた。
シゲに体当たりすると、小太郎の支給武器であった村柾を奪いシゲの右腕を肩から切り離した。
シゲは切り離された自分の腕が地面に落ちるのを何故だか冷静に見ていた。



ああ、人間の腕ってこんな簡単にのうなってしまうんやな。



ぷしゅっ。切り離された肩口から、大量に血が噴出していた。
シゲはそれを見て我に返り、慌てて其処を押さえた。
どくどくと溢れる夥しい量の血。
真っ赤に染まっていく己の手。
シゲはこの時初めて恐いと感じていた。

雄大から村柾を奪い返し、腹に蹴りを入れる。
そして、握ったままだった拳銃を構えた時だった。
『危ない!雄大くん!』
そう言って割って入ったのは、このプログラムでただ一人の女性参加者
杉崎悠子だった。彼女は仁王立ちし、両腕を広げ雄大を庇う様に立っていた。
「杉崎…」
『雄大くん…大丈夫だべ。守ってやるから』
ちらりと後ろの雄大を見て、杉崎はそう言って笑った。
パンっ。シゲは何も言わず、彼女の心臓を撃った。
ばたっ。彼女が崩れ落ちる。
雄大は顔を歪めた。その瞬間、再びシゲは発砲した。

力の残っているうちでなければ。
早く止血しなければ。
自分は愛しい人に再びまみえることなく死んでしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。

だから、シゲは二人をいや、三人を殺した。


【残り36人】

つづく
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捨て猫ブルース7





子供はどうしたら大人になれるんだろう?




『死にたくない』
皆が共通してそう思う中、俺はどうしても自分の命が大切な物だとは思えなかった。



ずっと背負っていたキャプテンとしての重圧。
仲間の助けによって今までなんとかこんな俺でもキャプテンとしてやってこれた。
けど、こんな時まで俺をキャプテンとして頼らないで欲しい。

俺だってただの人間だ。
超人なんかじゃない。
皆を守るためだけに皆を引っ張る為だけに生きていられるわけじゃない。

なぁ、遠山・栗田・国分、何でお前達はそれほど
俺を信頼できる?
俺は一人じゃ何も出来ないちっぽけな奴なのに。
そうやって期待されても、重苦しいだけなんだ。

ごめんな。
お前達を置いていくけど許して欲しい。

パーン。

真夜中の灯台に銃声が一発鳴り響いた。









『午前3時です、放送を始めます。皆さん起きてくださいね?』
西園寺の声がスピーカーから響いた。

『此処までの死亡者を言います。11番鳴海貴志、41番藤代誠二、
32番設楽兵助、21番阿部小太郎、9番杉崎悠子、24番板井雄大、20番加地村天翔』

『以上七名です。いい調子です。この調子で頑張ってください。
次に禁止エリアです。……』


【残り35人】

つづく
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捨て猫ブルース8





愛しい人とただ一緒に…傍に居て生きることを望むのは罪悪ですか?


ただ普通に人を好きになっただけなのに。
ただ傍に居ることを望んでいるだけなのに。


確かに一般的に見て普通の恋愛とは程遠い。
男同士なのに好きになって恋人になった。

キスをすることさえ躊躇われる様な脆い関係。
男同士という肉体に囚われた恋愛。

ただ好きになっても男女でなければ迫害される。
例え好意的に見えようともそれは奇異なものを面白がる目をしている。

人間であるから有り得た恋愛。
人間でなかったなら芽生えることなどなかった恋心。

人間以外の動物であったなら、種の保存の為に必ず異性を好きになる。
同性を好きになることなど有り得ない。
だったらどうして俺たちは、狂ってしまったのだろう?
何故、原初的な本能である筈の種の保存を放棄して
それでも尚恋愛できるのだろうか?

もし、あいつに出会わなければ。




もし、君にさえ出会わなければ。
こんなに苦しむこともなかったのに。




そして、今、俺たちは裁きの門の前に居る。






「貴方達の中からより一層優秀な人材を選ぶために、このプログラム
に選ばれました。光栄に思ってね。人を殺して生きていけなければ
とてもこの国では生きられません。頑張って優勝…栄光つかんで下さい」





あの女の赤い口唇が憎らしげに笑みの形を作る。


「くそっ。殺しあえるわきゃねぇだろ?」
「そうですね。仲間や友達を殺すなんて…できませんよね?三上先輩は」

にやりと微笑んだ気がした。

とさっ。
土の上に転がるもはや魂を宿すことのない肉体。

「だって貴方は優しい人だから。ごめんなさい。
三上先輩こうすることしかできなかったんです。だって…俺は…」

「はっ」
殺気に体を反転させた。
首に突きつけられたクナイ。
忍者特有の武器。

「…なんだ、伊賀だったの。脅かさないでよ」
「始末したのか?」
「うん。其処にあるでしょう?」
「あぁ。行くぞ」
「…ううん。俺は此処に残るよ」
笠井は静かに首を振った。
「何故?」
「……抜け忍には死を!」
「なっ!」
ぼんっ。
火薬球を投げつける。
「何を!裏切るのか!?」

火に囲まれた笠井は悲しげに微笑んだ。

「忍は…俺には向いてないから…」


それが彼の遺言だった。


「裏切り者め!村の恥さらしだお前など!」
炎の向こうに伊賀は叫んでいた。
涙を瞳に沢山ためて。


【残り33人】

つづく
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捨て猫ブルース9


けたたましいクラシックの爆音で目覚めると血塗れの死体が一つ。
其処には転がっていた。
それは、自分たちのキャプテンでリーダー役だった加地村だった。
皆は、この時どうすればいいのか不安になった。
何故彼が自分たちを置いて自殺したのか解らない。
そもそも彼は自殺するような性格ではなかった。
死体を前に途方にくれる三人。
「これからどうする?」
沈黙を破り、遠山が二人に訊く。
栗田が口を開いた。
「加地村がいないのに、俺たちだけで生き残れるとは思えない」
「俺もそう思う。俺はここでリタイアする」
国分は二人にそう告げると、遠山と栗田の制止の声も聞かず、
加地村の拳銃を拾い上げ、こめかみに押し付ける。
「ごめん」
国分はそれだけ言うと、引き金を引いた。
パーン。国分の体は曲線を描くことも無く、後ろに倒れた。
栗田と遠山はその光景をただ呆然と見ていた。
すっと立ち上がる栗田。
「生きよう?俺たちは…」
「ああ」
二人はその場を後にした。




今現在のこのような状況についていけない者も居た。
突然死んだ者の名を聞かされた所で、人を殺したいとは思わなかった。
まぁ、それが普通なのだが。

(いきなし殺し合いせろって言われたって…どげんせろっちゃぁ?
俺は人ば殺したくないったい。勿論、俺も死にたくないし。
それやのに、なんで殺し合いばせないかんと?)

がさっ。後方から聞こえてきた葉を分ける音に、
一瞬驚いて、昭栄は振り返り言った。
「誰とや?」
「昭栄か?」
「…カズさんとですか?」
ガサゴソっ。一層音は大きくなり、ザバッという音の後に、
迷彩柄の帽子や服に沢山はっぱをつけて、昭栄より背の低い
先輩は現れた。
「カズさん!」
昭栄は嬉々として叫んだ。
「アホか!おらぶな!聞こえとうったい!」
「すんません…」
大きな体全体をしゅんと萎縮させて昭栄は項垂れる。
しかし、それも数秒のことで…。
「それにしても、こげな場所におったら殺られるやろうが。
大体、お前考えて行動せいっていつもゆうとろうが!」
とカズが言って間髪を入れず、昭栄はぽつりぽつりと話し出す。
「…ずっと、考えとったとです…」『あん?』
「何で、俺たちが殺し合いば
せないかんとかとか。色々。…カズさんはこれば乗るとですか?」
「自分、本気で言いようとか?」
カズはギンと目を光らせて下から射すくめるように、
昭栄を見た。
「…違います。けど…」
「はぁ…ホント、アホやな。乗るわけないやろ?
もし、俺が乗っとうとやったら、出てきた瞬間お前秒殺しとうわ」
「……ホントにホントに乗っとらんとですね?…良かった。
カズさんまでのっとうんやったら、
俺どうすればいいか解らんくなっとりましたもん」
正面からそう言われて照れたカズは、
「アホか!そんくらい自分で考えろ!」
といつも通り昭栄に蹴りをくらわした。


【残り32人】

つづく
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捨て猫ブルース10


「カズさん、これからどげんします?」
「…仲間でも探すか」
「仲間?」
間の抜けた顔でカズの顔を見る。首は心持傾げた感じで。
「乗ってない奴らったい。そんくらい、察しや」
昭栄とカズは無謀な仲間探しへと出かけていった。





「…佐藤、腕…さ、大丈夫…なわけないよな。なんでそんなことに」
間宮の視線は肩からすっぱりと無くなった腕が元有った部分に向けられていた。
「なんも心配いらん。お前が此処に居ってくれるんやったらそれだけでええねん」
シゲは出血過多で青白くなった顔を無理やり笑みの形にして、
無事な方の腕で間宮を抱きしめた。
「…こんなんじゃ、三日も持たないんじゃないのか?
輸血が必要な気が…んっ…」
尚も心配げに言う間宮の口唇をシゲは自分のそれで塞いでしまう。
「大丈夫やって。な?」
優しく微笑むシゲの視線を真っ直ぐに受け入れて、間宮は小さく肯いた。
本当はシゲも解っている。自分に輸血が必要なことくらい。
三人を殺した代償はかなり大きかった。
余命幾許もないこの体で、果たして自分はこの大切な人を守り切れるのか?
そんな不安さえ浮かんでくるほど、シゲの体は弱りきっていた。

プログラム開始からおよそ六時間弱。
日はゆっくりと昇ろうとしていた。


【残り32人】

つづく
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捨て猫ブルース11

はぁ…やっぱ、入り口付近で英士たち待ってれば良かった。
何か心細いし…それよりも死体があった時点で、叫ばなかっただけまし。
普段よりずっと冷静な自分が居る。
一馬と英士は合流したんだろうか?
それよりも早くまともな武器探さなきゃ…って…!!
あれ、間宮?

若菜は恐る恐るそちらに近づいてみる。
横たえられていたのは、藤代である。
撃たれた箇所以外は全ての汚れを払われ、綺麗な状態でそこに置かれていた。
そう、置かれていたのである。
既にそれには魂が宿っていないことを指すほど青白く血の気が引いている。
しかし、藤代の死体から腐臭がする筈も無い程綺麗にされているにも関わらず、
血腥い匂いは辺り一面に広がっている。
そして、よく見ると藤代が横たえられている場所以外は、
血飛沫が飛び散ったのであろうか夥しい量の血痕が残っていた。

若菜はこれが血生臭い匂いの元凶かとも思ったが、
その血痕はもうすっかり乾いてしまっている。
若菜は血の痕が続いている洞窟の奥へと進んだ。
自分に護身に足り得るだけの武器が無いことも忘れるくらい、
好奇心の方が勝っていたのである。



『うわっ…すっげぇ匂い…』
鼻を思わず手で覆うほどのつんとする血の匂いが充満していて、
若菜は我知らず咄嗟にそう呟いたが、洞窟になっているだけあって、
たったその程度の小さな声もかなり大きく響いてしまった。

『誰だ!?』
そう、洞窟の奥から響いてきた声は、滅多に聞かないが確実に聞き覚えのある
間宮茂の声だった。

「間宮?間宮か?」
若菜の声には少しだけ歓喜を含んでいたように思われる。
『来るな!来たら、殺す!』
何かを守ろうと獣が威嚇する時のような殺気を含んだ間宮の声が響いてきた。
「な…俺は乗ってない!信じてくれ!」
『ダメだ!例えお前の言うことが本当でも。来たら殺す!早く行け!』
「ちっ…解ったよ」
と仕方なく方向転換したような足音を立ててみせる。
しかし、やっぱり間宮がそこで誰か…多分誰か大怪我をした相手と
一緒に居ることは確実な訳で、あまり他人に執着の無い(サッカーに置いては別としても)
間宮と一緒に居る相手が気になった若菜は結局間宮たちの居るらしき方向へと
進んでいった。(若菜は一番目の出発の為、シゲとのことは知らない)

好奇心の勝った若菜を待ち受けていたのは、拳銃とマシンガンとを構えた
英士とシゲと間宮だった。
間宮の方はほぼ無傷だが、金髪の男の方は腕が丸々一本足りない。
そして服は血塗れである。若菜は咄嗟にあの血はこいつのかと思った。
眼前に広がる親友と元チームメイトの間宮に若菜は困惑感が否めなかった。
思わず飛び出して行って、親友である英士の狂行を止めたかったが、
足が竦んでその場から動けなかった。
明らかに様子の奇怪しい親友と、無理やり戦わずを得ない状況を作られている
感のする間宮とシゲたち。
金髪の方は、間宮に支えられやっと立っている感じであり
もはや先程この洞窟の入り口付近で見た藤代に近いくらい血の気の引いた
青白い顔をしていた。そんな相手に不敵にマシンガンを構えている親友の郭英士。
若菜は困惑する頭で、竦んでしまったその足で、彼らの死角になるその場所に
ただ冷や汗と悪寒を感じて立っていた。逃げられもせずに。

【残り32人】

つづく
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捨て猫ブルース12







一体、何がどうなってんだ?何で英士があんな物騒なもの持って……
もしかして、間宮は実は俺に気遣ってくれたのか?
こんな状況下で?マジ?




結人は岩蔭から彼らの様子を伺っていた。
自分の親友が猟奇的な笑みを浮かべ手にはマシンガン(アサルトライフル89式という)
を持っている。有効射程距離は200m〜500mという威力だ。
素人が一朝一夕ではそうそう使いこなせないようなブツ。
けれどそれを大仰に構え、金髪と間宮を狙っている。
彼らの間は精々二、三メートルだ。こんな至近距離ならば完全にデッドライン(死線)は免れない。

英士のすぐ足元に倒れている人間がいた。
所謂蜂の巣状態という奴で顔などは誰かなどと判別は皆無だった。
相当の至近距離から撃たれたのか、最早人間であったという原型すら留めては居ない。
ただ結人が何故人間だと判別したかというと服の切れ端がその蜂の巣状態の残骸に残っていたからである。

信じたくは無いが、明らかに自分の親友が狂っていることを悟らせない為
あるいは自分のことを殺すなどと言って遠ざけたのは間宮が結人のことを
思いやっての配慮だと感じていた。(此処の文章なんか変ですが気にしないで・汗)
英士が自分の目の前で人を殺す所など見たくは無い。
引き金に指を掛けた英士に向かって結人は飛び出していた。






城光与志忠は焦っていた。九州選抜から選ばれたのは自分を含め三人だけ。
けれどあとの二人が死んだかどうかも解らず、合流も出来ずに居た。
何故なら、自分を追ってくる人間の気配がしたからだ。
「誰や?」
静かにゆっくりと相手を刺激しない程度の声で気配のする方へと声を発した。
がさっ。
草陰から現れたのは、頭に森の中を歩き回っていた時につけたのか
葉っぱをつけた仏頂面の男────それは不破大地だった。
「お前は確か東京の…」
「不破大地だ。お前は九州選抜のキャプテンをやっていた奴…名は確か
城光とか言ったか…だな」
「ああ。そうや。何で俺の後をつけたと?」
「…人にあったのはあそこを出てからお前だけだったからだ」
「……」(何かよう解らん男やな)
「お前は乗っているか?俺はその答えが欲しい」
「…乗っとらんよ。けど、乗っとう奴に会ったらそれ相応の対応ばするつもりやけん。
だけん、今は乗っとらん。後でどうなるかは俺もわからん」
「そうか。理解した。…独り言省略…」(以下考察モード)



間




そんなこんなで一緒に行動することになってしまった哀れなキャプテン城光与志忠だった。
思ったより…というよりは高山や功刀と一緒にいる時より苦労が少ないと安堵したのも束の間
突拍子も無いことばかりする不破に時折切れそうになりつつ、キャプテンらしい広い心で
何とか耐えていた。
前方に見知った迷彩柄の帽子を被った小さいのと、大型犬を彷彿とさせるくせ毛の
大きいのを発見した。
声を掛けるのが不破より遅れてしまったが為に、この後ひと悶着あったりしたのはまた別のお話。

「よっさん!何で不破と一緒に居るとですか?」
「…まぁ色々とあってな。それよりタカの方こそ、何でカズと一緒に居るとや?」
「森ん中で会ったとです」
昭栄と与志忠が会話をしている間、不破とカズのバトルは二人に見届けられることもなく
だがしかし激しく繰り広げられていた。

【残り31人】

つづく
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捨て猫ブルース13



『…っう…逃げ…ろっ』
苦悶を浮かべながらも必死に二人に微笑みかけて、結人はそう呟いた。

ぽたりぽたりぽたり……結人の腹部から沢山の鮮血が流れ落ちている。
洞窟の中に香る異臭。鉄分を多く含んだ少し生臭いそれ。
目の前に二人を庇う形で立っている結人と、郭の足元に襤褸雑巾にされてしまった
何者か(それは内藤だった)から漂っている。



あ、血だ……。
俺、このまま死ぬのかな?
やだなぁ、それ。


『何で…』
震える声で間宮が呟くのが解る。
本当の意味で血の気の引いた蒼白な顔のシゲでさえ、悔しそうに申し訳なさそうに
斜め下に顔を向けている。
『アホやなぁ…どうせ俺ら助からんのに…』
そう結人に向けてシゲが言う。
でもそれは何処か自身を恥じている様でもある。
『良いんだ…だって…英士は俺の親友だから。見捨てる訳には…いかないだろ?』
空元気を装って、口の端から血を流しても、それでも笑ってみせる結人の姿が
痛々しくて。
英士は蒼白な顔で親友を見ている。
まだ親友の腕にがっちりと押さえ込まれたマシンガン。
その銃口は親友の腹部を撃ち抜いた。
信じられない。時が止まったような感覚。
三人だけが生き残ることが出来るなら、英士は誰を傷つけても構わなかった。
そう思っていた。
ただ自分たちが生き残ることだけ考えていた。
なのに。
自分は親友をこの手で撃った。
死を覚悟してまで、自分の過ちを止めようとしてくれた親友。
けれどそれは全然嬉しくなんか無くて。
逆に辛くて哀しくて。


『嘘でしょ?……結人?』
呟いた英士に満面の笑顔を見せて。




『馬鹿、何泣きそうな顔してんだよ、大丈夫だから…』
お前には、まだ一馬がいるから……

最期に残した親友の言葉は、もっとも彼らしくて。
泣きそうな程、痛くて。
英士はマシンガンを手放した。

【残り30人】

つづく
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捨て猫ブルース14


『結人!結人!?…何で……嘘、嘘でしょ?』
英士は必死に結人に呼びかける。けれど堅く閉ざされたまぶたが二度と開く事は無かった。
しかし、結人の顔はとても穏やかだった。

「…ごめん、結人。許はと云えば俺が悪いんだよね…」
「郭?」
間宮は英士の行動を不可解に思い、問いかける。
「間宮…それと…?」
間宮とシゲの方を向いた英士の瞳には深い悲しみの色で彩られていた。
間宮の隣に立つシゲに、見覚えはあるのだが名前までは憶えてはおらず、
呼びかけた名前を不自然に途切れさせる英士。
思い出そうと考えているようなこちらに問うている様でもあった。
「こいつは藤村だ」
そう間宮が郭にいう。
『…ああ。関西選抜の…』
「せや。ところであんさん、そんなものどないするつもりや?」
「そうだ。折角、若菜がお前を生かす為に…なのに、自分で終わらせる気か?」
「だって、仕方ないだろ?俺は結人を…幼馴染みで親友の結人を殺してしまったんだ。
他の誰かならともかく…それで生きてなんていられる訳が無い!」
「けど、真田はまだ生きている筈だろう?お前、どうする気だよ。
若菜もお前も死んだら、あの真田も狂うかも知れないぞ?」
間宮の言葉に、マシンガン(アサルトライフル89式)のトリガーを引こうとしていた
指の力がふっと抜ける。
英士は呆然とマシンガンを見つめる。
「一馬が…けど…血に汚れた俺を、結人を殺めたこの俺を一馬が受けいれてくれるなんて
思えない!」
「何故?そう言い切れる?真田もお前と若菜の親友なんだろう?
大切な奴を信じられないのか?!」
何時になく饒舌且つ、真摯すぎるくらいに英士に云う間宮に、シゲは怪訝な面持ちで
それを見ていた。ただ、確かに今は嫉妬している場合じゃない事くらい自分でも解っている。
ただ気持ちがついて行かないだけで。
本当は自分のことだけ心配していて欲しいからなんて云ったらきっと
間宮に殴られるだろう。
「何で?間宮、何でお前そんなに……。この状況下でよくそういうこと云えるね。
教室では絶対に乗るようなそぶり見せたくせにさ。……大体、何で二人で居るんだ?
そんなに血まみれな奴と。腕が丸々一本無くなったからって量の血じゃないと思うけど?」
「こいつは俺と逢う前に襲い掛かってきた奴らから身を守るために殺したんだ。
人殺しだよ、こいつも俺も。けど、せめてもう少しは一緒に居たかったから。
こいつのこと凄く好きだから……」
「マムシ…」
「ふん。だから、大切な奴を信じられないのか?って俺に聞いたんだね。
けど、俺達は一人でも欠けたら意味が無いんだよ!
恋人じゃない。けれど、同等に大切な親友なんだから……。
っ!ホントはこんなことお前達に話す気なんてなかったのに…」
珍しく酷く口惜しそうな顔をして英士はマシンガンと結人の遺体をもって
歩き出した。
シゲと間宮はホッと胸を撫で下ろす。



英士、結人、一体どこにいるんだよ…。
俺、いい加減疲れたんだけど。
そりゃまぁ此処までは不幸中の幸いにも無事だったけれどさ。
誰とも逢わなかったし…けど。
ま、とにかく隠れられる所探さなきゃな。

ん?血の匂いがする…って……じゃあこっちヤバイかも。
とは云いつつ降りて来たしな。

「藤代?」
一馬は横たえられた藤代の許へ歩き出した。
見たところもう絶命しているのは血色で解った。
ただ不思議な事に、胸の上で手を組、綺麗に血の後なども処理されて
とても綺麗な状態で死んでいた。
「なんだよ…藤代、お前なんで死んでるんだよ?」
はっきりいって第1回目の放送を完璧に聞き逃した一馬は
勘だけで禁止エリアに引っかからず此処まで来ていたのだった。
藤代の死体をじっと見ていたから、背後の気配には気付かなかった。
「何してるんだ?…真田…か?」
あまり聞いたことは無いが確かに聞き憶えのある声に、
慌てて振り向くと、そこには間宮とシゲが居た。
「……間宮、それに確か藤村…」
驚いた顔でこの珍妙な取り合わせな二人を一馬は見た。
「お前達こそ…それに何でそんな大怪我してるんだ?
顔真っ青じゃないか!」
「ああ、血が足りんのや。多分俺はもう時期死ぬんやろうな…。
せやけど、最期の時までこいつと居られるから悪くないで」
といい、シゲはニヤリと笑ってみせる。
「所で真田、先刻、郭が別方向からお前を探しに行ってしまったぞ?」
「え?英士に逢ったのか!?結人は一緒じゃねぇのかよ?」
「…若菜は、死んだんだ」
「え?何云って…」
「ホンマやで。郭が俺ら殺そうとするんかばって、若菜がやられたんや。郭っちゃう奴に」
「!!!!英士が結人を!?」
「せや、けど落ちついて聞ききなや。…郭は今精神的に多分ヤバイんや。自分で親友やってもったんや
当たり前やけどな。罪の意識で自殺しそうやったん、俺とこいつでとめたんや…せやから
早く見つけてやってな…あれ、ホンマ何時死んでもおかしないくらいヤバイねんから」
「英士が自殺?結人を殺してしまったから…そんなのってありかよ。
俺だけ置いて……」
「せやから、はよう追うてやらな」
「ああ、早く行け。本当にヤバイぞ。お前じゃないと無理だから。
お前に受け入れて貰えないと思ったから自殺しようとしたみたいだから」
「間宮……」
「あぁ、早く行ってやれ。お前が行かなきゃ、あいつ自殺するか殺しまくるかのどちらかだ」
「解った!けど、何でそんなことお前らが教えてくれるんだ?」
「俺達はもう後が無いから…。あ、一つだけ忠告しておくが、この先にはまだぐちゃぐちゃな
死体とか腐臭とか血とか残っているから…奥まで行ったら右の穴から出て行ったぞ郭は」
「そうか。じゃあ行くな…お前、案外いい奴だな」
「そうか?」
「ああ」
じゃあなと行って去って行った一馬。
それが二人が一馬を見た最後で。
次の放送時に若菜と郭と真田の名が呼ばれた。
そしてそれは二人の知るところではなかった。
シゲと間宮の二人は洞窟の入口で息絶えていたのだから。


【残り26人】
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捨て猫ブルース15



『はぁ、こんなことなら教室出る前に打ち合わせして置くんだった』
そんなことを一人語散ながら、日生光宏は小岩鉄平を探していた。
多少焦りもある。
一回目の放送で既に六人死んでいる。
二回目の放送では八人。
焦ってばかりではいけないと思いつつも、
小岩に早く逢いたくて仕方が無かった。
自分の知り合いはもう小岩くらいなもの。
自分が転校してからもずっと親友に近いような大切な友人。
そして密かに彼に恋愛感情を抱いていた。
教室を出る前に見た自分より二つ早く出発した藤村と間宮のキスシーン。
実はかなり羨ましかった。
けれど自分と小岩はまだそんな関係ではなく、
ましてやそんな関係になれるとは思えない。
そして此処では後どれくらい生きれるのかも解らないのだから。
上手くいけば三日間生きていられるかも知れない。
けれど、もしそんなことになっても結局は二人で生き残ることなんて出来なくて。
焦りからか日生の足はかなり速くなっていた。
いつしか走っていた。
50mを5秒59の俊足な小岩より更に速いその自慢の足で。
息遣いが荒くなる。
形振り構っていられない。
けれど。
どうしようか。
どこに居るのだろうか?
本当にこっちにいるといえるのか?
日生の思考がどんどん重く暗くなって行く。


やっと見つけた日生が見た小岩の姿。
誰だか良く知らない人間と四人、
こんな時分に楽しそうに談笑していた。
そう、こんな殺し合いのさなかで。

ほっとしたのと同時に無性に腹が立った。
それが理不尽なことだとは解っていたけれど止められなかった。
その感情に名前をつけるなら、嫉妬だと日生は思った。
【残り26人】
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