『人知れず向かいあう』

第四話 思い出に残るくらい鮮明に







恐い…とそう感じているのは、きっと自分の武器がはずれな所為だけではない。
ひしひしと感じてしまう残滓……多分、以前もココでバトロワは行われたことであろう。
随分、上手く片付けたようだが、血痕の後が僅かにある。
木や草や、そこに以前からあったものが、ここでの恐怖の思念を間宮に送っているとしか考えられないくらい
酷く恐ろしい気配を間宮は肌に感じていた。
身近に感じる死の気配。自分はこんなに臆病だったかと自問してみる。
こんな状況で恐くない方が変なのだと自分に言い聞かせる。
でも、震えてしまう膝と肩。仕方ないこと。死を恐怖しないものなんておそらく生物ではあり得ない。
例え『死』という概念を持たなくても。多分きっと感じているはずなのだ。ちっぽけな蟲けらでさえも。
誰とも逢わなければそれに越したことは無い。取り越し苦労で終わってくれた方がどんなに精神的負担が軽いか知れない。
禁止エリアとかで自爆してしまった方が、幾分か気分はいいだろう。そう、人を殺すよりは。
『俺はまだ生きている…そう、未だ』

(逢えなくていい。逢わなくていい。お前が望んでいないと勝手に思うことにするから。
俺は、自分を守ることはしない。どんな恐怖に苛まれようとも。
ただもしもお前に逢ったなら、この命を全てかけてやるよ。お前だけは俺が守るから。
お前がお前を見捨てても。それでも、俺はただお前にだけは生き居て欲しいんだよ。
本当にこれは俺のエゴだけれど。
それでも、お前を喪したくないんだこの世から。お前が生きていてくれたら、ただ幸せになってくれたら)



願うことも祈ることも…そう、ただ望むことさえもが罪だというのなら。
生きていることが罪だというのなら。
ならば何故、貴方様は人間をお創りになられたのですか?
この咎人の集団を。
求めてしまうのは、望んでしまうのは、私が人間であるから。
人間であるという私の本能がそうさせるのです。
人を好きになることも、人を憎むことも、人に殺意を抱くのも、全てこの卑しき私めが人間であります故のこと。
本能が恐いと申しております。
だからきっと私めは皆を殺すでしょう。
卑しき罪に濡れましても。心閉ざす寒い冬に身を落しましても。
ただただ私めが貴方様の意に反することなく育ちましたから。
それでもまだ貴方様はこの私を咎人として罰を享受せよと曰れるのでしょうか?
大気に遍く総ての大いなる神々たちよ。
この卑しき咎人に、それでも一時の猶予を賜れるのであれば、贖罪を致しましょう。
懺悔して悔い改めるのではございません。
ただ、私めに出来得る総ての善を持ちまして、貴方様に贖いまする。
(※この文章に突っ込みは無しな方向で。あと二重尊敬はワザトです微妙に古典風にしてみました・汗※)



ふと、間宮は空を見上げる。
目に痛いほど真っ青な空が広がっている。
何処までも、継ぎ目もなく果てしなく続いている。
壮大で吸い込まれてしまいそうで。
何故自分はこんなにちっぽけなのかと思わされる。
こんなにちっぽけでとても臆病で。
青い空を見ていたら、何て今自分たちはこんな場否違いな程怯えているのだろうか?
間宮は冷静にそう思う。
そう、こんないい日和に、自分たちは殺し合いをしている。
こんな綺麗な青空に不似合いな程の熾烈を極めた殺し合いを。
いや、けれど間宮には恐いと恐怖を覚えながら、それでもどこかでこれが現実のことではない感覚にも囚われていた。
まだ誰にも…死体にすら逢っても居ないからだが。
誰がこんな馬鹿げたことを考えたのだろうか?
基本的には人殺しをタブーとしてきながら、一方ではこんな法律を作っている。
実に矛盾しているというのに、今まで誰もこれに反対しなかったのかと思うと、もうこの国はお終いなのかも知れない。
法律というものは、人々に平等にあた得るものでなければならないのに。
間宮は森の中に自分の足音以外の草の根を踏み分けるような音を聞く。
びくり。
普段であったなら、彼がこの程度で怯えることはマズ無い。
しかし、今は殺し合いの最中である。
間宮はゆっくりと振り返った。
見えたのは金髪……。
けれども、間宮の恋人ではない。
「…自分、シゲ知らへん?」
間宮の想い人と同じ訛りで同じイントネーションで話す金髪の男。
勿論、顔も声も身長も、彼の人とは大分違うし似ても似つかない差がある。
けれども、その独特の関西訛りの言葉を聞くと、酷く切なくなる。
自分の好きな人が今この場に居るようなそんな錯覚を覚える。
「知らない。今初めて人に逢ったからな」
内心シゲという言葉に動揺しつつも、間宮はそっけなく言い放つ。
「さよか。……お前誰も探してひんの?」
井上は実に真剣な顔をすると、間宮を見てそう言った。
「ああ。俺は誰も探しては居ない。死にたくは無いが、殺したくもないからな。まぁ、殺すにしてもそれは無理だがな」
真実内心を吐露する。それは、何となくこの男が間宮にとって話し易い相手だったからだろう。色々と。
「何でや?…外れ武器やったん?」
鈍いのか鋭いのか、井上はそう訊く。
「そうだ。…お前は、俺を殺す?」
間宮は迷うことなく肯く。
「…ま、殺そう思うとるんやったら、話しかけた当りで不意打ちせなな。当りとも外れともつかんねん。俺の武器」
ちょっとだけ茶目っけを見せながらいう彼に、シゲの姿がダブル。
「そうか」
何となく直視は出来なくて、間宮は視線をそらして肯いた。
「せや」
彼もまたあっさりとそれを認めると、ふと表情を堅いものに戻した。
「……お前は、さ…フジムラを何故探す?」
間宮は視線をそらしたまま、井上に問いかける。
『佐藤』と言いかけたが、敢えて間宮は『藤村』と呼ぶ。
「……シゲやったら、こんなんから生き残れる道があるん知っとるかも知れへんし?
他力本願ちゃうけど、…せやけど、あいつやったら何かしそうやからな」
「そう…か」
こいつはよほど佐藤を信じているんだな。…そういえば、幼馴染みだとか聞いたような。
俺はただあいつに生き残って欲しいだけだ……多分、きっと俺はあいつのことを自分自身より大切だと思ってるんだな。
「お前…間宮ってゆうたっけ?…何で間宮はシゲを探さんのや?」
シゲから聞いていたのであろう名前を口にすると、不思議そうに彼は間宮に訊く。
「何でって…何故、俺が探さなきゃいけない?」
間宮は白々しくも無く逆に聞き返す。
「……自分、シゲの恋人ちゃうのん?恋人同士やったら好きな相手に逢いたいもんやないの?」
「…っ…、何でそのこと…」
「シゲから聞いたんや。一等好きな奴おるって。男同士やけど、好きでしゃあない奴がおるって…せやのに、
何で間宮、お前はあいつを…シゲを探さへんのや?」
「……あいつには逢えない。俺は、もう逢わないと決めたから。
あいつに逢ったらきっと俺は『生きたい』と思ってしまうから…それでも、不化効力で逢ってしまったのなら、
あいつに命懸けてもいいって思ってる……不謹慎かも知れないが、
あいつさえ生き居てくれるなら他の誰が死ぬのもいとわない…」
「……それ、ホンマ?本気でそうゆうとるの?」
「ああ。俺はあいつが一番…自分自身よりも大切だから…」
「……それ聞いたら喜びそうやけど、怒りそうでもあるなぁ。あいつも、まんま似たようなセリフゆうたことあるで」
「…佐藤が?」
思わずでた名前は以前のそれで。けれど直樹は気にしたふうも無く、間宮を見て笑む。
「せや…あのシゲがゆうたんや」
「ふーん。あいつが…」
「……なぁ、一緒にシゲ、探すやろ?」
「……ああ。そうだな…そうする」
「ほな、いこか」
「ああ」

ただ最後の最期まで彼のことだけ考えていられたら、そして死ねたら、それが俺の幸せ。
鮮明に記憶に残っている。彼とのこと。情事のことも、それ以外も。
彼の癖も彼のあの切ない笑顔も優しい声も。
でも、間宮の知らないシゲの顔がある。ライバルである風祭に見せた真剣な顔。
間宮に見せるそれとはまたちょっと違っていて。
そして、彼はあの試合のあととても穏やかに…優しく笑うようになった。
とても自然にとても素直に。
間宮はホンの少しだけそれに違和感を覚えた。
本当は、ずっとそれを望んでいたのに。
でも、逆にそれが恐くて辛くて。シゲが自分の知らない人になったような気がした。
すれ違いは多くなり、彼は間宮に嘘を吐くようになった。
間宮はそれに何も言わない。ただ彼の嘘をそれと知っていながら、間宮は彼に何も言わない。
ただその嘘を黙って受けいれるだけ。それでいいと間宮は思った。
彼が自分から進んで人に自分のことを話したがらない性格であることはよく知っていたから。
間宮にも嘘を吐くからにはそれなりの事情が有るのだろうし、詮索しないことにしている。
自分から言いたくなったら言う人だとそう間宮の中では認識していた。
好きな人だからといって自分とは全く違う人間で。
だから惹かれるのだろうし、反発するものだ。
だから全てを知ろうだなんて思っても絶対に無理だろうし、おこがましいことであるような気もする。
恋人だから全て自分のものになるわけではない。
間宮は決して自分から聞きはしないし、またシゲも話そうとはしない。
お互いの心はすれ違いながら、それでもお互いを求めている。
けれど決して交えることの無い二人だから、ただ一時の一致をそれだと思い込みたい訳で。
同じ夢を追う戦友だと…それだけでいいと何度も思った。
でも、間宮とシゲはどうしてもそれだけでは納まらなかった。
好きになったのはどちらが先かなんて解らない。
男同士で奇怪しいことだと思わなくない。
だけどそれでも。
好きになってしまった。
男同士だと何度も否定して…その度にお互い気持ちを再確認してしまう。
もしも二人が出逢わなければ何て、彼等は既に否定してしまっている。
お互い逢わなかったら何て考えたくなくて。
お互いがお互いを好きになってしまったから。
この出逢いを否定するくらいなら、多分この先恋なんて信じない。
そのくらいこの想いは深くて。
理屈もモラルも構っている暇はなくて。
この気持ちを否定した所で辛いのは自分自身なだけで。
だから。
ただ素直に告げた。
『好き』だとただ一言。
それだけで良かった。
他に何も要らない。
ただ好きだとその気持ちさえあれば。
欲しくて欲しくて仕方なくて。
体を重ねることもままならない。
下半身の欲求に答えるべく…けれど、シゲも間宮も男なわけで。
どうにもならない苛立ちをけれど絶対に否定出来ずに、彼等は不便な肉体に囚われて欲求を満たそうとする。
同じ男という性を持った為に体を繋ぐ行為を及ぶには、かなり色々と不都合はあって。
それでも。
お互いにそれを望んでしまったから。
どちらが我慢する訳でもない、けれど、
ただ何となく自然にどちらがどの役目をするかなんて遠の昔に決まっていた。
繋ぎ止めて置きたいのは、この不便な入れ物ではなくて。
形さえ存在さえ定かではない、相手のあやふやな想い。
想いをその場に留めて置きたくて。
そんなことでは無理だと解っていても。
体を重ねていないと不安で。
好きだという不確定要素を肯定する為だけの方法。
自分の気持ちという安易なものが、一時的にお互い合致するこの瞬間を逃したくなくて。
だから。
恋なんて安易なもの本当は『したくなかった』…いや、するべきではなかった。
お互いに気持ちが離れてしまった時、辛いから。
大好きだなんていくら呟いてみても、相手が本当に自分のことをそんな風に想っていてくれているかなんて解らない。
きっと一緒に何時も離れずに居たって、いつかは…。
それを考えてしまったら、もうそこから一歩も動けなくて。
恐くて恐くて仕方なくて。
シゲが居ないだけで不安な自分がいることが一番恐い。
間宮は直樹と歩きながら、先程から心の中を渦巻く巨大な畏怖の念について一人考えていた。


ガサッ。彼等は後ろを振り返る。その時目に入ったのは、杉原に撃たれそうになっているシゲだった。
危ない!間宮はとっさにそう思った。知らないうちに体が勝手に反応した。
どんっ。シゲを付き飛ばし、間宮自身が撃たれた。肩を貫通したらしく、おびただしい血があふれ出ている。
「マムシ!」
シゲが叫んだのは間宮が撃たれた瞬間だった。
肩を押さえて杉原を睨みつける間宮。
「あーあ。何で邪魔するの?間宮くん。折角、その金髪の人…藤村さんだっけ?を殺せたのに……」
終始無言で相手を睨み付けるだけの間宮に、はぁと溜息を吐く。
「解ってる?これは殺さなきゃ殺されちゃうゲームなんだよ?他人をかばって自分が死んで一体どうなるの?」
「俺は……こいつさえ生きていてくれれば、他の奴がどうなろうと知ったことじゃない。勿論、俺自身もだ」
漸く、唸るように間宮は言葉を紡ぎだした。
「ふーん。余ほどその人と訳ありってわけか。じゃあ尚の事だよ」
にっこりと善人そうに微笑む杉原。けれど何処か蔭を帯びている。
ぱんぱんぱんっ。
杉原は間宮に向けて銃を3発立て続けに撃った。
曲線を描きながら、間宮は地面に崩れ落ちた。
「マムシ!」
シゲが叫んで駆け寄ろうとすると、ぱんっと地面に向けて…正確にはシゲの足元に向けて撃った。
シゲは一瞬後退さる。
杉原はシゲをみてにやりと嗤う。
「てめー、赦さへん!!」
「へぇ?はずれ武器だった貴方が、僕に勝てるとでも?」
「解らへんやろな。けど、これでも使い様によるねん」
シゲは腰に付けていたロッククライミング用のロープを取りだした。

直樹はそんな緊迫した雰囲気でただ一人呆然とその状況に対応出来ずにいた。
先程まで自分と喋っていた筈の間宮は撃たれて血にまみれて倒れている。
薄く呼吸が有るようだが、ほぼ蟲の息というやつで。
そして目の前のシゲと杉原(多分直樹は名前を知らない)は、殺し合いをしている。
そう「殺し合い」を今彼の目の前でしているのだ。
杉原はシゲの武器がはずれだと言った。では、何故劣勢の筈のシゲの方が今彼を
絞め殺そうとしているのか?
直樹は混乱した。恐いという感覚を突き抜けて、この状況を理解出来なかった。
いや知ってはいるが理解したくないと彼の脳が拒否をする。

シゲはやっとロープを緩めると、既に自身で力を入れられない杉原の体を
ずるりと地面に落した。そして、彼の手を離れた銃を拾い上げる。
シゲは間宮の傍に歩いて行く。
「マムシ…」
そうシゲが呟くと、間宮は体を動かす事は出来ないはずの状態で、シゲを見上げた。
「……よかっ…た…」
それだけ言うとうっすらと微笑み、ぱたりと力尽きたのか首を地面に戻した。
「間…宮?」
シゲは信じられないように彼を見下ろした。
「……っでや?………何でなん?」
シゲは膝をつき、しゃがみ込む。
間宮の頬に触れてみる。でも、体温がどんどん失われて行くのが如実に解り辛いだけで。
(…よかった?何がええん?…何で俺なんか庇うん?)
「……シゲ?」
間宮の体を抱き起こし、立ち上がったシゲに不審気に直樹が声をかけた。
「なんや?ナオキ」
シゲは振り返らず、怒気をはらんだ低い声でそう言った。
「どこいくんや?」
「地獄や。お前は来るんや無いで。死にたなかったらな」
静に去って行くシゲの姿にただどうすることも出来ずに直樹は立ち尽くした。


【残り39人】
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あとがき
……本当は今回ハッピーエンド予定だった筈でしたが…なんでこうなったんやろ?
シゲと間宮のラブラブ主体で行く方向にもう持って行こうかと思っていたのに。
1話か2話で書いた後書きは反故にして…けどこうなってしまって。

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